尿1滴でがんを検知!“線虫“による画期的な検査でがん医療が変わります


2015年3月、当時九州大学大学院理学研究院の助教だった広津崇亮(ひろつたかあき)さんは「線虫が『がん患者』の尿の匂いを嗅ぎ分ける」という論文を発表。
"これでがん検診が画期的に変わる"、と大ニュースになりました。
しかし、どんなに素晴らしい研究でも実用化には時間がかかるのが一般的。
ところが、研究者の広津さんは自らが起業し、なんとたった5年で線虫を使ったがん検査『N-NOSE』を実用化したのです。
1滴の尿でステージ0〜1の超早期のがんも検知できる『N-NOSE』は早期治療への近道。
「この検査がスタンダードになれば、がんへの恐怖や不安がなくなる」、広津さんはそう確信しています。
 
線虫とは
英名:Nematode。体は細長い糸状で触手も体節ももたない。『N-NOSE』で使用するのは、体長1mm程度のC. elegansという線虫の1種で、昔から実験動物として広く使われ、目がないかわりに鋭敏な嗅覚をもち、多細胞生物として最初に全ゲノム配列が解読されている。

 

『N-NOSE』なら、1回の尿検査で全身のがんのリスクを調べられます


――『N-NOSE』とはどのような検査ですか?
広津崇亮さん(以下広津) 線虫という生物が、がん患者の尿には近づき、健常者の尿からは逃げるという性質を利用したがん検査です。検査名は"線虫の鼻"(Nematode NOSE)という意味で『N-NOSE』と名付けました。1回の尿検査で全身のがんのリスクを調べることができます。
――がん検査といえば、機械を使った画像検査というイメージがあるのですが、線虫という生物を使い、しかも9割近い確率でがんリスクの有無を判定するというのは驚きでした。
広津 検査は機械がやるものだという固定観念がありますが、機械がない時代、頼りにしていたのは生物の力です。線虫の嗅覚がとても優れていることは、生物学の研究者なら誰でも知っていることですが、基礎研究に使う生物だと思い込んでいたため、その能力を生かそうという発想がなかったのです。
――2015年に論文が発表されたときの反響はとても大きかったそうですが、それ以上に実用化の早さに驚きました。

広津 早く実用化できたのは、私が大学を辞めて起業したからです(笑)。大学発の発見、発明はどんなに素晴らしいものでも、すぐに実用化されず、自然消滅してしまう例もたくさんあります。基礎研究に携わる人間は、実用化にはそれほど積極的でなく、企業にお任せというスタンスの人がほとんどです。しかし、この研究は、安くて高性能ながん検査を実現できるという確信があったので、早く実用化したい、それなら自分でやるしかないと、実用化も自ら進めてきました。
――早期の実用化だけでなく、「安く、広く」という目標もあったそうですが。
広津 高精度で簡便な検査ですが、低価格にして、多くの人が受けられるよう普及させなくては意味がないと思っていました。だから、コストから、利益はいくらで…という決め方ではなく、いくらくらいなら一般の人が受けたいと思うかリサーチし、金額を決めました。
* 希望価格は9,800円(税抜:保険適用外)
――『N-NOSE』はがん検査の中では、どのような位置づけの検査となるのでしょうか?
広津 1次スクリーニングといって、がんの可能性があるか否かを判定する、自覚症状がない方に気軽に受けていただきたい検査です。この検査でがんの可能性があると判断された人が、内視鏡などを使った次の検査に進み、最終的には医師が、がんがどこにあるかを診断することになります。これまでの健康診断などで手軽に受けられる腫瘍マーカー検査がありますが、早期がんに対する感度が高いとは言えませんでした。全身のがんを検査でき精度を求めるとなると、PET検査などのように検査費用が高くなってしまい、一般の人が受けることは容易ではありません。
――確かに、自覚症状がない時点で高額な検査はなかなか受けられませんし、内視鏡など苦痛を伴う検査を毎年受けろと言われても、難しいですね。
広津 さらに、がん検査の多くは、がん種ごとに受けなければならないという面倒さもあります。国が推奨しているがん検診は、肺がん、胃がん、大腸がん、子宮頸がん、乳がんの5つですが、男性なら3つ、女性なら5つ検査を受けなければなりません。『N-NOSE』なら、1回尿を採取するだけで全身のがんのリスクを調べられるのです。
――『N-NOSE』は何種類のがんを探知できますか?
広津 いまのところ検証されているのは、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がん、膵臓がん、肝臓がん、前立腺がん、食道がん、卵巣がん、胆管がん、胆のうがん、膀胱がん、腎臓がん、口腔・咽頭がんの15種類です。いずれも、ステージ0〜1の超早期がんでも検知し、その確率は約9割です。
――起業時に、2020年1月の実用化とともに、検査件数は年25万件という目標を立てられましたね。
広津 発表以来、反響が大きく、ニーズはすでにその数を超えています。問題は解析のキャパシティで、そこがベンチャーならではの課題です。さらに、今後は海外展開も考えています。生物を使った検査というと、日本では「えーっ!?」という反応でしたが、海外では「よく思いついたね」と自然に受け止められ、そして必ず言われるのが「おめでとう!」でした。
 

小学校でこの検査が行われるようになれば、子どもだけでなく親の意識も変えられると思います


――がん種の特定も期待されていると思いますが。

広津 がんのリスク有無に加え、がんの種類まで線虫で特定できれば、と取り組んでいます。がん種がわかれば、早期がんの場所もより見つけやすくなります。中でも注目しているのが膵臓がんです。膵臓がんは、ほとんど早期発見ができず、見つかったときには末期で、命を落とすケースが多いがんです。膵臓がんの特定は、2022年中には実現したいと思っています。さらに、私が『N-NOSE』で実現したいことがもうひとつあります。それは小児がんの早期発見です。子どものがん検診はないので、自覚症状が出ないとわかりませんから、発見が遅れ、進行してしまいがちです。尿ならば学校を窓口に集めることも比較的容易でしょうし、ぜひこちらも実現したいですね。
――幅広い年齢層が検査できるようになるといいですね。
広津 日本のがん検診の受診率は他の先進国と比べると非常に低く、先にあげた5つのがん検診の受診率は3~4割程度です。特に若い人の受診率が低い。女性特有のがんは若くても発症することがあるのに、「私には関係ない」と思っている人が多いのです。この受診率を上げるために大切なことのひとつは教育だと思っています。小学校でこの検査が行われるようになれば、子どもたちは今後がんを身近な病気と認識するようになるでしょうし、それに伴い親たちの意識も高まると思っています。
――がんは日本人2人に1人がかかる病気。早期発見なら治る病気。そういわれながらも、切実さが乏しいのが現状ですね。
広津 がん検診に行かない理由のひとつに「がんと言われると怖いから」という思いがあります。以前は、自覚症状が出てから精密検査を受けて診断されることが多かったため、がん=死の宣告というイメージがあり、それがまだ残っているのだと思います。もし、早期に見つけられるなら、積極的にがんと向き合うことができます。がんの芽は早く摘めば怖くないということを、浸透させたいですね。
――『N-NOSE』によって、今後のがん治療やがんへの備え方も変わってきますね。
広津 これからは、『N-NOSE』でリスクが高いという判定になったら、さらなる検査を受ける。そこで小さながんが見つかり、切除して治療完了、という事例が増えてくると思います。がんに備えるという意味では保険は欠かせないものだと思います。ただし、これまでの保険は、比較的進行したがんを前提に組み立てられているものが多いので、保険の内容も変わっていくのではないでしょうか。
―― がん早期発見のため、『N-NOSE』が早く健診に取り入れられ、誰でも受けられるようになることを期待したいと思います。本日はどうもありがとうございました。
 

広津 崇亮(ひろつ・たかあき)
1972年山口県生まれ。博士(理学)。株式会社HIROTSUバイオサイエンス代表取締役。1997年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修士課程修了後サントリー株式会社に入社。翌年退社し、同大学院博士課程に入学。線虫の嗅覚に関する研究を始める。2001年博士課程修了。九州大学大学院理学研究院助教だった2015年3月に線虫ががん患者と健常者の尿の匂いを嗅ぎ分けることをあきらかにした論文が『PLOS ONE』に掲載された。2016年より現職。2020年1月、尿1滴でがんのリスクがわかる検査法『N-NOSE』を実用化。

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